Back Number 46
12日に日帰りで京都に行ってきました。
宇治の平等院、東寺、銀閣寺、三十三間堂と回りました。
平等院は思っていたより小さく感じました。JR東海のツアーで行ったのですが、特別に東寺の五重塔の初層に入れて礎石の中まで開けて説明してくれました。その単純な構造、使ってある木材の大きさ、太さに感激。でもそれぞれに古さを感じさせ、高い建物がなく空は広く久し振りにのんびり。
みんな五十過ぎのオジサン、オバサンの団体。ご夫婦の参加者が多かったのですが、喧嘩している人、いつも買い物で遅くなる人、ろくに会話しない人。ちょっと自分の事を考えさせられました。
4か所だけだったので時間が余り、稲ちゃんと私はいつもの行動ペースと違いちょっと残念な気がしました。
話は変わりますが、布施院さんの嫁が二年も・・・の話、ヨーロッパ的個人主義、日本でも(家だけかしら?)若い人たちは我々と違い十分個人主義のように思います。
貯金も別々、使うのも別々、勿論時間の使い方も別々、自分の趣味などが優先のように見受けられます。もちろん子供の面倒も分担しているようです。もっとも家の二人の子供は共稼ぎなので今のうちだけかも知れませんが。
我が家とはいえませんが、自宅での生息に困難を生じたグッピーちゃんは僕の会社の机の上の水槽でなんども子供を産んで7−8匹が20匹近くに増えました。 2-3日まえからまた4−5匹赤ちゃんが、大人のグッピーに食べられないように逃げ回っている。 今朝、玄関前の廊下の隅のコンクリートの壁をむなしく掘ろうとしていたところを上の9歳の娘につかまったオケラ1匹と午後のお散歩のときに下の娘が見つけた緑色のカナブンがいます。 オケラに関する情報は意外とすくなく、土のなかにもぐっていることとミミズや機の根っこを食用にしていることぐらいはわかったので、昼間に上の娘と近所の公園のじめじめしたところでミミズ探し。ミミズはうまくとれましたけどわれわれが蚊の餌食になってしまった。 カナブンちゃんには巨砲のブドウを一粒。 ザリガニが2匹いたのですが、これは子供らがすぐ興味を失ってしまったので、近所の池に戻したらしい。 戻すことも無かったかもしれませんが。 オケラが手のひらのなかで土をほるように広げる手の力のものすごさ。 懐かしいオケラの手のひらのなかの動きでした。(布施院)
まりちゃん、そうなのよ。 老腕 後金損の「豆氏」のような生活なのよ。 AlbinoniのG-Minorのアダージョなんかをききながらつくづくそう思うのです。 修道僧の合唱が聞こえてくれば天上からのスポットライトを浴びながら地上に落ちたつ「豆氏」のような登場となるところでしょう。 もともと喜劇と悲劇は背中合わせ。 もと演劇部の方はこのへんの人生のいたずらのような部分に興味があったのでしょうね。 見方を変えれば物事はまったく違ってみえる。 一杯飲めば憂さ晴らしができる、と考えるかどうかは本人次第ですが。 今日は、実は一杯飲んじゃったのです。 つまらないことで。 本当につまらないことです。 下の娘(5歳)の自転車の補助輪をとって自転車をの練習をさせるかどうかで家内と意見が分かれ、公園で彼らをおいて帰ってきてしまいました。 近所の酒屋の縁側でカンチュウハイを3缶あおり、夕食時間であると知りつつ近所のレストランで一人で夕食をとり、それでもさびしいのでおずおずと自宅に戻り、娘らの笑い顔をみて安心して、口げんかした家内が優しくしてくれるので、これに負けてしまい、なんとか気を取り戻そうとしています。 なんだか、頑固爺みたいな自分を発見して唖然とします。 自分は善意の押し売りをしそうになっていたようです。 こうなると「豆氏」の生活とはいえませんね。 普通の、家庭生活におけるストレスでしょうか。 家庭生活というのはストレスを癒す場所として期待されているわけですが、どうもいつでもテレビドラマにでてくるようには行かないことがあるのではないでしょうか。 亭主も外でのストレスにへとへと、家では子供やその他で、仕事をもっているママも多いことですから、へとへと。 ついつい疲れがたまればストレスとなり、いつでも相手のことばかり考えてはいられない。 そこで、なぜ自分だけがこうも不幸で、だれも自分のことを考えてくれる人はいない、と感じてしまう。 ちょっとまえまでは僕がそうでした。 いまは、Albinoniのアダージョが心を癒してくれています。 強がりを言わずに、家内にごめんなさいを言っておこう。(布施院)
鶯渓会会報にB5サイズの再生紙にて小生よりのお知らせを同封していただくことにしました。 実際はカジッタさんと住み込みの稲子さんが300枚も同封する作業をしていただいています。 お二人には心より深謝申し上げます。 このHPに参加あるいは覗いている人には新しいことは書いて無いのですが、来年2004・4・4には同期会をやりたいと考えていることと、本HPを再度紹介させていただき、参加者を募っています。 常連の皆様にはさらにお友達へのお誘いをお願いいたしたく存じます。 まだ投稿なさったことが無い方、パソコンを使っていない方へも、携帯電話のiモードからも投稿したり、読んだりできますので、この機会にぜひとも投稿して見るようにお誘いください。 一度ご参加いただいた方、その後、いかがお過ごしですか? 近況をお知らせください。 (布施院)
布施院さんのついていない一日、すごいですね。いつもあんなにギリギリのスケジュールで行動しているのですか? 私だったら絶対に起こりえないことばかり。
まず、乗り遅れるのが怖ろしいから、30分前には駅に着いている。次に、財布にお金が入っていない、ということがない。とんでもない時間に銀行のATMでお金を下ろすと(しかも自分の口座から!)手数料を取られる。これがいまいましいので、出かけるまえは財布の中身の確認を怠らない。 新幹線のなかでワインで一息なんてことは考えない。 一目散に家に帰り、それからゆっくり、というタイプ。
タクシーがたばこ臭いなどとはよもや言うまい。こっそり窓を少し開ける。最近素性のわからない運転手が多いし。 それと行き先を変更したりしない。 これも運転手の機嫌を損ねるに決まっている。 これは契約違反になるそうです。
と、私が絶対やらないことを全部やった川井くんはえらい! あなたの一日は「豆氏」の一日そのもの。 しかも名前は「老腕 後金得」ですね。 最後に1000なんぼか儲けたんですから!
それにしても新幹線の中で、だれか3円差し出してくれる人はいなかったのですか? ホントに冷たい世の中になりましたね。 人を見たらドロボウと思え、なのでしょうか。
旧東独(DDR=Deutsch Demokratsche Republik)の芸術家展がベルリンの新国立ギャラリーでの展示を10月26日にて終了するのにあわせて、本HPでの掲示も終了いたします。まだ見ていない人は急いで下記をクリックしてくだしさい:
http://jp.y42.photos.yahoo.co.jp/bc/hieronimushk/lst?.dir=/%a5%de%a5%a4%a5%d5%a5%a9%a5%c8&.view=t
僕にとって、今回の絵のなかで印象に残ったもののひとつにNo. 18の肥えたキリストがあります。 頭に茨の冠、腹には長槍でやられた穴、でも、しっかり太っていて、ここでくたばってたまるか! とばかりにあたまの茨をむしりとろうとしている。 この男の表情と、幼稚な表現の周囲の人間図からして、この作者は訴えようとしている事柄の大きさの割りに絵画の表現力に劣るものがあるようには感じられる。 ただし、彼が訴えようとしていることが当時のDDR(旧東独)の政権の意向に沿ったものであったものであると見てしまえばそれだけで見過ごすことが多いかもしれないが、僕にとっては、生に対する肯定、過ちだらけの人生に対する肯定、間違いを犯すことへの恐怖よりも、生を生きることへの賛歌という捕らえ方をしたのはあまりにも我田引水な見方でしょうか? 絵画はそれだからこそ、つまり、他人の評価を気にせず、自分の人生へのかかわりにおいて評価できることからきわめて私小説的なものであるということを改めて感じる次第です。 10月19日からは再度Europeにいきます。 10月30日にはBerlinの新国立ギャラリーにてこのDDR展示会のあとの通常の展示物に再度対面できることを期待しています。 うまくいけばBerlinのPhilharmonicaにもいけるかもしれない。出し物はなんだかまだわかりませんが。 (布施院)
カジッタ様 それぞれのお宅にご事情がおありとは思いますが、お嬢様が老腕 後金損の故郷(それでいったわけではないでしょうが)に2年間も亭主をおいて行っちゃって大丈夫なんですか? 多分大丈夫なんでしょう。 昨今のInternetの発達と...less時代の夫婦関係からすればあっけらかんとあたりまえかも。 昔だったら想像もできないでしょうけど。 それで亭主というか娘のだんなというか息子というか、これも引き取っちゃうわけ? それもいいでしょう。 カジッタのところ広いから。 猫の寝場所が減るけど。 でも戻ってきた娘、いえ、お嬢様のことが心配。 だって、目覚めちゃうわけですよ。 日本の閉塞感いっぱいの世界しか知らなかった自分の人生の選択について。 彼女のご主人も向こうへ送ったほうがいいかも。 でも彼も目覚めちゃったりして。 Europeの人間中心主義に目覚める。 これって、結構深刻な問題です。 僕のことを引き合いにだして恐縮ですが、短期なら短期なりに、長期なら長期なりに、外国の文化の影響を受ける。 これがまた一筋縄ではいかない。 一皮剥けちゃった娘に何をいっても聞いてもらえない。 彼氏は2年前の化石のまんま。 ここで生じるギャップ、これが問題。 世界を見て、その上で、自分の選択に自信を持って帰ってきてくれればBest。 Otherwise, it's only known to him....(神のみぞ知る)。 不安を持つ必要はありません。 サイは投げられた。 後戻りはできない。 Nien de plus。 C'et la vie. That's life. Das ist das Leben. でもきっと包容力のあるいいだんなさんなんですね。 あるいはできた娘さんなんでしょう。 心配は無用でしたね。 失礼しました!!!(布施院)
おとといの午後柏の事務所を飛び出し、めったに来ない柏駅行きのバスが来るのが見えたので、200mダッシュして何とかバスに飛び乗り、運動不足の足はつりそう、心臓は止まりそう。 汗が引いたと思ったら、柏駅で列車が入ってくるので階段を2段飛びで駆け下り、しまりかけのドアに何とか飛び乗る。 東京からのぞみで名古屋に着いたのが18:00時。 約束の18:30から販売店の営業部員10名と技術打ち合わせになんとか間に合うが食事の時間は無い。 夕食は列車が来るまでの10分間でホームの天玉きしめん490円。 最後の汁をすすっているときにホームに入ってきた名古屋発21:20のひかりに飛び乗り、ほっと一息、口直しにワインと、チーズクラッカーとナッツ詰め合わせを頼んで、売り子さんから受け取るのも待ちきれずよだれが出てきたところで457円しかお財布に残っていないことに気がつく。 1,437円はありません。 満員列車の注目のなかで、すみません、お金がありません、と品物を返す。 それで457円で買えるものは何ですかときけば、はい、チューハイです、とのこと。 230円。 それなら2こ頂戴、と元気に答えたあとそれには3円足りないことに気がつく。 衆目の注目の中、3円負けてと懇願するも無慈悲にもRejected! Note PCで仕事を始めるもすぐにバッテリーダウン。 チューハイ一杯で東京駅に着いたのが23:13。 柏駅に着いたのが00:00近く。 227円では家まで3kmのタクシーに乗れない。 00:00時に家族を電話で起こすのも忍びなく、困ったところにJRのキャッシングでなんとか1万円ゲット。 飛び乗ったタクシーがタバコ臭くて息が詰まりそう。 思わず「くっせーっ!」といって窓を大開にするのが運ちゃんの気に入らない。 その日の終わりの一稼ぎに長距離酔っ払いを待ちぼうけしていた運ちゃんに頼んだ行き先がわずか3きろの短距離、深夜料金で1,300円程度。 ちぇッ、とかいう舌打ちが聞こえてきそうだったが、途中で、いつもは1,000円程度でいけるところ自宅なので、1,000円程度のメーターのところでやっぱり降りるといったら運ちゃん返事もせずに急停車。 支払いはいまやっと手に入れたばかりの10000円札と227円しかない。 10000円と20円を渡すと、こまかいのはありませんかい、とぶすっとした声の運ちゃんに、ちょっと待っててもらえば目の前の24時間営業のスーパーで崩してきますけど、と伝えると、いいっす、もういいっす、と10000円札と20円を返してくれて、んも〜!とかぶつぶつ言いながらタイヤをきしませて駅の方に向かって飛んで帰ってしまった。 お金は払わなくてよかったのですが、なにか悪いことをしたのは私なんでしょうか、という変な気分。 みんな、ストレスの多い日々をすごしているのだなーと思いました。 (布施院)
まりちゃん、このことからも私の生活している世界が想像できたと思います。
しかっり50代のオバサンしてます。でも今頃のオバサンはもっと進化していると思うけど。
「老腕 後金損」も勿論判りました。このHPはかなりクレードが高くついていくのに必死です。
娘も授業も始まったようで何とか頑張っていくと思います。学校の寮に入ったのですが、同室はノルェー、スウェーデン、台湾の人と一緒ですって。部屋の中から国際色豊かで、私じゃメゲそう。
娘は一人なので早く帰ってきて貰って婿さん共々しっかり私の所に引っ張って置かなくちゃ。
カジッタさま、やっと「豆氏」が判ったそうで、おめでとう。
「老腕 後金損」も判ったのでしょうね? これは布施院氏の創作ですが、かなり高度なテクニックを駆使した秀作だと思います。いまでも見ると吹き出してしまいます。これって布施院さん自信のことなんじゃないの? 老腕 後金損!
ところで、以前カジッタさんが、ロンドンに誰か知り合いはいないかとお探しでしたが、どなたか見つけられましたか? 残念ながら私には「信頼のおける知人」はロンドンにはいないのですが。 娘さんは無事落ち着かれたようですので、よかったですね。